松田聖子



1 Anonymous ★ :2022/01/20(木) 19:48:19.14 ID:CAP_USER9.net

https://www.news-postseven.com/archives/20220120_1721056.html?DETAIL

「いまでも歌を聴けば、そこにいてくれる感じで寂しくなります」「あなたのことは永遠に忘れません」──神田沙也加さん(享年35)のインスタグラムにはファンからのコメントが絶えず投稿され続けている。

 沙也加さんの突然の死から1か月。『マイ・フェア・レディ』の公演のため、北海道札幌市内のホテルに宿泊していた彼女が変わり果てた姿で見つかったのは、12月18日のことだった。

「この日、沙也加さんは昼公演に出演する予定でしたが、入り時間までに会場に現れず、マネジャーが警察に通報。ホテル内を捜し回り、14階の非常用屋外スペースに倒れているのが見つかり、搬送先で死亡が確認されました」(地元紙記者)

 母である松田聖子(59才)が耳を疑うようなその知らせを聞いたのは、年末恒例のディナーショーを終えた後。翌朝札幌入りした聖子は、冷たくなった愛娘と対面したのだった。以来、聖子は憔悴しきっており、出演予定だった『NHK紅白歌合戦』を辞退。年末年始も家にこもりきりの日々が続いていた。

「花が大好きだった沙也加ちゃんのことを思い、自宅にある祭壇の供花を定期的に替え、一日中そこに座り込んで彼女に話しかけているそうです。しばらくは仕事関係者と話すことすら難しい状態でしたが、沙也加ちゃんが亡くなってから1か月が経ち、『このままではいけない』と、少しずつ打ち合わせなどを始めているそうです」(聖子の知人)

 3月には還暦を迎える聖子。本来ならば記念イベントが華々しく行われる予定だった。

「パーティーを兼ねたコンサートが予定されていましたが、いまはそれを予定通り開催するかどうかを話し合っている段階だそうです」(聖子の仕事関係者)

 沙也加さんが転落したホテルの部屋には、2通の遺書が残されていた。1通は事務所関係者宛て、もう1通は交際していた俳優・前山剛久(30才)宛てだった。

 昨年10月から沙也加さんと前山は交際を開始。しかしほどなくして、前山の元恋人のA子さんの影がチラつくようになり、何度も話し合いが繰り返されたという。

 本人たちの間に実際なにがあったかは知る由もない。しかし沙也加さんの死の矛先を前山やA子さんに向けることに異を唱える人も少なくないだろう。聖子もその1人だったようだ。

「聖子さんは沙也加が亡くなってはじめて前山さんとの関係を知ったそうです。数々の報道を目にして、動揺、怒りがなかったといえば嘘になるでしょう。

 ただ、聖子さんもこの世界で生きてきた人。前山さんを責めるのも違う、誰かのせいにするのも違う、もし誰かのせいというのがあるなら相談を受けられなかった自分のせいだと。だからこそ“沙也加の恋人のことはもう終わらせて”いまはそういう悲痛な胸の内を吐露しているようです。人のせいにしないというのは聖子さんらしいですが、見ていられない様子です」(前出・聖子の知人)

 愛を渇望しながらも悲恋に涙した沙也加さん。結婚と離婚を繰り返し、恋に生きてきた母はいま、愛娘になんと声をかけているのだろうか。


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1 jinjin ★ :2022/01/13(木) 23:54:12.23

そして神田沙也加は「伝説」となった…偲ぶ人の多さと知名度の高さを再認識


先月18日に急逝した神田沙也加(享年35)の功績が改めて見直されている。

ミュージカル女優として実力、集客力を兼ね備え、5年先の舞台の予定もあったそうで、「アナと雪の女王」の楽曲「生まれてはじめて」と「とびら開けて」は神田の訃報以来、カラオケランキングで急上昇。

訃報を機に神田を偲ぶ人の多さと知名度の高さを再認識させた。


■誰もが知る「アナ雪」

また、子供時代のいじめ体験など、これまであまり報じられていなかった面も明らかに。
中学時代はいじめが原因で3度も転校。全寮制の中学では下着を盗まれたり、布団を濡らされたりするなど、逃げ場のない壮絶ないじめを経験したという。

それでも母・松田聖子(59)と同じフィールドで勝負するという一番厳しい道を選び、完全実力主義のディズニープリンセスにまで上り詰め、敬愛してやまない大地真央の当たり役ミュージカル「マイ・フェア・レディ」を演じるまでに至った。


心理学者の富田隆氏は「親の七光よりハンディのほうが多かったのでは」としてこう続ける。

「両親が有名すぎたために、子供時代から並大抵の努力では評価されない、周囲の目が非常に厳しい環境で育っている。いじめられるのは“仕返しをしない”からで、いじめられてもひたすら我慢していたのでしょう。芸能界ではそんな苦労を売りにする人も多い中、実力だけで勝負する仕事に対する向き合い方からも本当に誠実で真面目な方だったのだと思われます。そんな環境ゆえ、交友関係は“広く浅く”は難しく、“狭く深く”なりがち。一度人を信用するとどこまでも信頼しようとする傾向があり、1人にはまりやすく、利用しようとする側からは都合がいいという危うさもあったはず。そういった日常生活のネガティブな面を仕事に打ち込むことでプラスに昇華し、キャリアを築いてきたのでしょう」


■元交際相手の「罵声音声」も

遺書の存在も明らかになり、共演者で元交際相手の俳優・前山剛久(30)に「死ねば」と罵倒される音声も残っていたと発売中の「週刊文春」は報じているが、生真面目な神田がなぜ目標としていたミュージカル上演の途中で命を絶ったのかなど謎は残る。神田の存在は伝説になりつつあるようだ。


https://news.yahoo.co.jp/articles/265ff040d6ad774f15d08ac5dba77c866c6228c6


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1 Anonymous ★ :2022/01/09(日) 17:35:17.65

https://www.news-postseven.com/archives/20220105_1718462.html?DETAIL
 夫の成功や子供の教育に力を注ぐことがよしとされ、「自己実現」などと言えば周囲から不思議がられたアラ還世代の女性にとって、松田聖子(59才)は希望の星であった。並々ならぬ努力と行動力で、結婚もキャリアも、欲しいものはすべて手に入れてきたとされる聖子を襲った人生最大の悲劇。愛娘について、7年以上も無言を貫いてきた聖子の胸中と本当の母娘関係──。

 女優・神田沙也加さん(享年35)の突然の死からちょうど2週間経った、昨年の大晦日。母・松田聖子は、初霜がおりたかのように白くふくらんだ菊のつぼみがあふれる祭壇から、片時も離れることはなかったという。学校の入学式、卒業式、結婚式、沙也加さんの人生の節目には、いつも不在だった聖子が肩を震わせながら抱くのは、ピンク色の布で覆われた骨壺だった。

 大晦日の夜、出場予定だった『第72回NHK紅白歌合戦』に聖子の姿はなかった。

「プロ意識の塊のような女性なので最終的に紅白には出ると思っていましたが、今回ばかりは無理だったようです。これまで2回も母娘共演を果たした思い出の番組だけに、つらさが倍増したのかもしれません」(NHK関係者)

 新年を迎えた現在も、聖子は憔悴しきっているという。

「歌うなんてもってのほかで、愛犬の散歩どころかひとりで外出もできない状態です。話している最中にふいに涙を流したり、立っていることができず、その場にうずくまってしまうこともあるそうです」(聖子の知人)

 立つこともままならない聖子が、ただひとつ夫のAさんにお願いしたことがある。それは、「供花を買ってきてほしい」ということだった。

「聖子さんのリクエストでAさんが真っ白な洋菊の花束を買ってきて、家の中の祭壇に供えています。聖子さんはその祭壇から離れようとせず、花が大好きだった沙也加ちゃんにずっと話しかけています」(前出・聖子の知人)

 これまで何度も母娘の間の決裂が報じられた聖子と沙也加さん。断絶と雪解けを折り重ねた2人だが、聖子は沙也加さんのお骨を抱きながらこう繰り返しているという。「ぜんぶ私のせい」──。

 聖子と沙也加さん母娘の本当の関係は、どのようなものだったのか。ある関係者によると、2人は7年以上も疎遠が続いていたという。

「かつて『友達母娘』と報じられたこともありましたが、サヤ(沙也加さんのこと)とお母さんはここ数年は口をきかないばかりか、メールなどで連絡を取ることもなかったそうです」(沙也加さんの知人)

 母と娘の関係は、時にこんがらがって複雑になる。母が自分と似ているところを娘に見つけ、自分が踏んだ同じ轍を踏ませぬよう、娘の失敗を事前に阻止してしまい、ぶつかり合う。沙也加さんの場合、母親が「松田聖子」であることが母娘の関係をさらにこじらせた。

 1997年に聖子が神田正輝(71才)と離婚すると、都内の私立小学校に通っていた沙也加さんは東京を離れ中学から千葉県内の私立中学校に進学。その後、聖子は6才年下の歯科医と再婚し、1999年に渡米した。沙也加さんはロスの日本人学校に入学したが、2000年、聖子の2度目の離婚を前に日本に戻り、千葉県内の中学校に復学した。多感な時期に、恋多き母のおかげで環境の変化を余儀なくされた沙也加さん。しかも聖子の娘ということで目をつけられ、私立中学の寮では壮絶ないじめにあった。

 2002年、15才で沙也加さんはSAYAKAとして歌手デビューした。だが周囲から「親の七光り」との視線を浴びて、偉大なる母の束縛から逃れることはできなかった。

「聖子さんは、サヤが小さい頃から、『私がいないとあの子は何もできないのよ』という思いが強く、サヤのライブで裏方としてビラ配りをすることも。私生活でも彼女の恋愛にたびたび口をはさみ、衝突することがありました」(前出・沙也加さんの知人)




 そんななかで迎えた突然の別れ。母娘の長い物語の予想もしない結末に、聖子は自責の念に駆られているという。

「聖子さんと沙也加さんは決して憎しみあっていたのではなく、お互いの存在が大きかったので距離が必要だっただけです。聖子さんとしては、娘にくっつきすぎるとまた離れるので、適度な距離を取っていればまたいつか戻ってくるとの思いでした。それがこんな結末になってしまい、『私のせいだ』『私がもっとしっかりしていれば』と自分を責める毎日です」(前出・聖子の知人)



★1 2022/01/09(日) 16:43:08.45
※前スレ
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1641714188/


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【母と娘】神田沙也加さんが知人に語っていた聖子への本音「母が私を一番愛してくれている」

1 爆笑ゴリラ ★ :2022/01/05(水) 08:27:29.13

1/5(水) 6:06配信
女性自身

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昨年12月18日深夜、神田沙也加さん(享年35)が公演で訪れていた札幌市内のホテルから転落死した。50センチに達する大雪が降り積もった日だった。

3日後の21日夕方、愛娘の位牌を胸に札幌市内の斎場で会見を行った母・松田聖子(59)と父親の神田正輝(71)。顔面蒼白の聖子は、集まった報道陣を前に、こう声をふり絞った。

「本当にみなさまお寒いなか、申し訳ございませんでした。ありがとうございます」

2人は、その日のうちに別々の便で東京に戻ってきた。スタッフの先導で先に飛行機を降りてきたのは、聖子の母親だった。うなだれた様子がその失意を物語っている。その後ろに聖子が続いていた。聖子もまた茫然とした表情だった。その胸には濃紺の布で包まれた娘の遺骨が抱えられていた――。

これまで聖子と沙也加さんは幾度となく確執が伝えられてきた。だが、2人は心底では固くつながっていたという。デビュー当時の聖子と仕事をしていたカメラマン・YAHIMONときはる氏は証言する。

「沙也加さんが17年12月の舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』に出演したときのことでした。別の女優さんの楽屋で私自身が9年間、実母と会っていないと話をしてから、その女優さんの後押しもあり、面識のある沙也加さんの楽屋にご挨拶に行ったんです。

沙也加さんからは神妙な顔で、『ちょっと聞こえちゃったんで申し訳ないんですけど……子供に会うのを嫌がる母親なんて絶対にいません!』と言われたんです」

沙也加さんは同年5月に村田充(44)と結婚。母娘不仲説が報じられていた時期で、YAHIMON氏は彼女の発言に驚いたという。

「その翌日、私は母に会いに行き、3カ月後に母は他界しました。沙也加さんの励ましがなければ、私は母とは会えていませんでした」

■「母親が、私を一番愛してくれている」

翌年、同舞台の愛知公演に出演していた沙也加さんに感謝を伝えに行くと、こう言われたという。

「私、生意気言っちゃってごめんなさい。私も母の“有名税”にずっと悩んでたりしていたんですけど、やっぱり母親が一番つらいって思うようになって・・・・・・。産んでくれた母親が私を一番愛してくれているから、その真実があれば悪く書かれても仕方ないかなって。だからあんなこと言っちゃったんです……」

そんな娘の思いは聖子にも伝わっていたのだろう。空港でも聖子は遺骨を両手で愛おしそうに抱えていた――。

最愛の娘を喪い、深い悲しみに包まれる聖子。昨年12月18日のディナーショーを最後にステージから下りた聖子は『紅白』出場も辞退した。

「当面はライブやメディア出演を一切予定していないと聞いています」(映像関係者)

前出のYAHIMON氏も言う。

「私の師匠で、聖子さんもお世話になったカメラマンが亡くなったときも事務所関係者が『彼女は悲報を聞くと、絶対に影響が出る』と話していました。聖子さんは非常に繊細な方ですので、しばらくお休みすると思います」

愛娘のために自分は今、何ができるのか――。光を求めて、聖子の涙の奔走は続く。


(出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)

https://news.yahoo.co.jp/articles/76b2809c522208fbadd90335c9184ee98bc20af2


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