神田沙也加


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1 Anonymous ★ :2022/01/09(日) 17:35:17.65

https://www.news-postseven.com/archives/20220105_1718462.html?DETAIL
 夫の成功や子供の教育に力を注ぐことがよしとされ、「自己実現」などと言えば周囲から不思議がられたアラ還世代の女性にとって、松田聖子(59才)は希望の星であった。並々ならぬ努力と行動力で、結婚もキャリアも、欲しいものはすべて手に入れてきたとされる聖子を襲った人生最大の悲劇。愛娘について、7年以上も無言を貫いてきた聖子の胸中と本当の母娘関係──。

 女優・神田沙也加さん(享年35)の突然の死からちょうど2週間経った、昨年の大晦日。母・松田聖子は、初霜がおりたかのように白くふくらんだ菊のつぼみがあふれる祭壇から、片時も離れることはなかったという。学校の入学式、卒業式、結婚式、沙也加さんの人生の節目には、いつも不在だった聖子が肩を震わせながら抱くのは、ピンク色の布で覆われた骨壺だった。

 大晦日の夜、出場予定だった『第72回NHK紅白歌合戦』に聖子の姿はなかった。

「プロ意識の塊のような女性なので最終的に紅白には出ると思っていましたが、今回ばかりは無理だったようです。これまで2回も母娘共演を果たした思い出の番組だけに、つらさが倍増したのかもしれません」(NHK関係者)

 新年を迎えた現在も、聖子は憔悴しきっているという。

「歌うなんてもってのほかで、愛犬の散歩どころかひとりで外出もできない状態です。話している最中にふいに涙を流したり、立っていることができず、その場にうずくまってしまうこともあるそうです」(聖子の知人)

 立つこともままならない聖子が、ただひとつ夫のAさんにお願いしたことがある。それは、「供花を買ってきてほしい」ということだった。

「聖子さんのリクエストでAさんが真っ白な洋菊の花束を買ってきて、家の中の祭壇に供えています。聖子さんはその祭壇から離れようとせず、花が大好きだった沙也加ちゃんにずっと話しかけています」(前出・聖子の知人)

 これまで何度も母娘の間の決裂が報じられた聖子と沙也加さん。断絶と雪解けを折り重ねた2人だが、聖子は沙也加さんのお骨を抱きながらこう繰り返しているという。「ぜんぶ私のせい」──。

 聖子と沙也加さん母娘の本当の関係は、どのようなものだったのか。ある関係者によると、2人は7年以上も疎遠が続いていたという。

「かつて『友達母娘』と報じられたこともありましたが、サヤ(沙也加さんのこと)とお母さんはここ数年は口をきかないばかりか、メールなどで連絡を取ることもなかったそうです」(沙也加さんの知人)

 母と娘の関係は、時にこんがらがって複雑になる。母が自分と似ているところを娘に見つけ、自分が踏んだ同じ轍を踏ませぬよう、娘の失敗を事前に阻止してしまい、ぶつかり合う。沙也加さんの場合、母親が「松田聖子」であることが母娘の関係をさらにこじらせた。

 1997年に聖子が神田正輝(71才)と離婚すると、都内の私立小学校に通っていた沙也加さんは東京を離れ中学から千葉県内の私立中学校に進学。その後、聖子は6才年下の歯科医と再婚し、1999年に渡米した。沙也加さんはロスの日本人学校に入学したが、2000年、聖子の2度目の離婚を前に日本に戻り、千葉県内の中学校に復学した。多感な時期に、恋多き母のおかげで環境の変化を余儀なくされた沙也加さん。しかも聖子の娘ということで目をつけられ、私立中学の寮では壮絶ないじめにあった。

 2002年、15才で沙也加さんはSAYAKAとして歌手デビューした。だが周囲から「親の七光り」との視線を浴びて、偉大なる母の束縛から逃れることはできなかった。

「聖子さんは、サヤが小さい頃から、『私がいないとあの子は何もできないのよ』という思いが強く、サヤのライブで裏方としてビラ配りをすることも。私生活でも彼女の恋愛にたびたび口をはさみ、衝突することがありました」(前出・沙也加さんの知人)




 そんななかで迎えた突然の別れ。母娘の長い物語の予想もしない結末に、聖子は自責の念に駆られているという。

「聖子さんと沙也加さんは決して憎しみあっていたのではなく、お互いの存在が大きかったので距離が必要だっただけです。聖子さんとしては、娘にくっつきすぎるとまた離れるので、適度な距離を取っていればまたいつか戻ってくるとの思いでした。それがこんな結末になってしまい、『私のせいだ』『私がもっとしっかりしていれば』と自分を責める毎日です」(前出・聖子の知人)



★1 2022/01/09(日) 16:43:08.45
※前スレ
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1641714188/


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【悲報】神田沙也加の彼氏「君の精神安定剤を減らそう(提案)」→沙也加を罵倒「死ね(連呼)」→自殺

1 風吹けば名無し :2022/01/07(金) 12:15:05.63

神田沙也加 恋人の罵倒音声「もう死ねば。みんな喜ぶんじゃない?」
【先出し全文】
https://news.yahoo.co.jp/articles/5f6c11d12545c319894978b383d3f690fffac6d8


★前山剛久、神田沙也加さんに「精神安定剤を減らすよう提案」
https://news.yahoo.co.jp/articles/0200fd6f0b1d4d3016ef8ea7442bf81b19688f02

沙也加さんも35歳。
最初から結婚を前提とした交際でした。
彼女は最近も精神安定剤を服用するなど、感情の浮き沈みが激しかった。
それでも、前山は『頑張って薬を減らしていこう』と提案し、
そのための計画表を作っていました」(前山の友人)


【【怖すぎ】神田沙也加さんを追い詰めた彼氏の行動、さらなる真実が明らかに…】の続きを読む



1 爆笑ゴリラ ★ :2022/01/05(水) 11:51:35.52

1/5(水) 11:13配信
日刊スポーツ

昨年12月に急逝した女優神田沙也加さんの元夫で俳優の村田充(44)が5日までにインスタグラムを更新。神田さんの愛犬を引き取って育てる様子をつづった。

「稽古から帰ってきましたら、予想通り犬たちのトイレ掃除から始まって。ああはみ出てる…ああ皆しておむつ脱いでる...ああここにもあるという感じで。この感じ懐かしいなって思いながら掃除を終えた直後にオシッコを踏みました。床の色と同化していて気付かなかった。僕じゃないよみたいな顔してる子の写真でもどうぞ。可愛いです」。


(出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)

https://news.yahoo.co.jp/articles/8da31ca55ae003f53a5c042c1e090d3360137126


【【ぐう聖】村田充さん、神田沙也加さんから受け継いだ愛犬とのほっこりエピソードを報告】の続きを読む



1 風吹けば名無し :2022/01/06(木) 13:44:34.04


(出典 i.imgur.com)


【【負の連鎖】神田沙也加さんの熱狂的ファン、前山剛久さんに呪いの言葉を放つ…】の続きを読む


【母と娘】神田沙也加さんが知人に語っていた聖子への本音「母が私を一番愛してくれている」

1 爆笑ゴリラ ★ :2022/01/05(水) 08:27:29.13

1/5(水) 6:06配信
女性自身

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昨年12月18日深夜、神田沙也加さん(享年35)が公演で訪れていた札幌市内のホテルから転落死した。50センチに達する大雪が降り積もった日だった。

3日後の21日夕方、愛娘の位牌を胸に札幌市内の斎場で会見を行った母・松田聖子(59)と父親の神田正輝(71)。顔面蒼白の聖子は、集まった報道陣を前に、こう声をふり絞った。

「本当にみなさまお寒いなか、申し訳ございませんでした。ありがとうございます」

2人は、その日のうちに別々の便で東京に戻ってきた。スタッフの先導で先に飛行機を降りてきたのは、聖子の母親だった。うなだれた様子がその失意を物語っている。その後ろに聖子が続いていた。聖子もまた茫然とした表情だった。その胸には濃紺の布で包まれた娘の遺骨が抱えられていた――。

これまで聖子と沙也加さんは幾度となく確執が伝えられてきた。だが、2人は心底では固くつながっていたという。デビュー当時の聖子と仕事をしていたカメラマン・YAHIMONときはる氏は証言する。

「沙也加さんが17年12月の舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』に出演したときのことでした。別の女優さんの楽屋で私自身が9年間、実母と会っていないと話をしてから、その女優さんの後押しもあり、面識のある沙也加さんの楽屋にご挨拶に行ったんです。

沙也加さんからは神妙な顔で、『ちょっと聞こえちゃったんで申し訳ないんですけど……子供に会うのを嫌がる母親なんて絶対にいません!』と言われたんです」

沙也加さんは同年5月に村田充(44)と結婚。母娘不仲説が報じられていた時期で、YAHIMON氏は彼女の発言に驚いたという。

「その翌日、私は母に会いに行き、3カ月後に母は他界しました。沙也加さんの励ましがなければ、私は母とは会えていませんでした」

■「母親が、私を一番愛してくれている」

翌年、同舞台の愛知公演に出演していた沙也加さんに感謝を伝えに行くと、こう言われたという。

「私、生意気言っちゃってごめんなさい。私も母の“有名税”にずっと悩んでたりしていたんですけど、やっぱり母親が一番つらいって思うようになって・・・・・・。産んでくれた母親が私を一番愛してくれているから、その真実があれば悪く書かれても仕方ないかなって。だからあんなこと言っちゃったんです……」

そんな娘の思いは聖子にも伝わっていたのだろう。空港でも聖子は遺骨を両手で愛おしそうに抱えていた――。

最愛の娘を喪い、深い悲しみに包まれる聖子。昨年12月18日のディナーショーを最後にステージから下りた聖子は『紅白』出場も辞退した。

「当面はライブやメディア出演を一切予定していないと聞いています」(映像関係者)

前出のYAHIMON氏も言う。

「私の師匠で、聖子さんもお世話になったカメラマンが亡くなったときも事務所関係者が『彼女は悲報を聞くと、絶対に影響が出る』と話していました。聖子さんは非常に繊細な方ですので、しばらくお休みすると思います」

愛娘のために自分は今、何ができるのか――。光を求めて、聖子の涙の奔走は続く。


(出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)

https://news.yahoo.co.jp/articles/76b2809c522208fbadd90335c9184ee98bc20af2


【【親子愛】神田沙也加さんが人知れず語っていた、母・松田聖子への想いが愛に満ちていると話題に】の続きを読む

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